失われた歴史の道しるべを探すために。薦野で「どこに行った?天降神社の釣鐘」の講演会が開催されます(9/29)

古賀市の面積は42.07平方キロメートル。狭いようで広い街。
海も山も川もある街。

そんな街の北東部には、薦野地区が広がっています。

国道3号線や国道495号線、JR鹿児島線やかつての西鉄宮地岳線ができる前の、人が歩いて都市間を移動する時代には、交通の要衝として栄えていました。また、戦国時代には立花山城を守る位置づけの薦野城があり、その流れからの人の営みも続いています。

灌漑などの農業技術や堤防などの河川工学が発達する前は、古賀でも洪水を恐れて平野部になかなか人が住むことができず、古賀の歴史を彩る先人からの宝物は、薦野や米多比、谷山など、いわゆる「山側」といわれる概ね国道3号線より東側に多く存在している…と聞くことがあります。

そんな宝物を守り、価値を見つけて磨いて、さらに次の時代に紡いでいこう…と、薦野地区で活動をしている方々がいます。
「薦野の歴史をつなぐ会」のみなさん。

これまでも、定期的に講演会や歴史をテーマにしたウォーキングイベントを開催したりしてきています。

2018年も、薦野の歴史を多くの方に知ってもらおうと新たなテーマで計画中。

「どこに行った?天降神社の釣鐘」の講演会を企画!!(9/29)

今回の講演会のテーマの舞台は、天降神社。残念ながら今はその姿を消してしまった釣鐘がキーワードです。

少なくとも戦後直後まではその存在を確認できた釣鐘。戦後、なぜかその姿が忽然と消えてしまいました…。九州歴史資料館の識者の方々も、芦屋釜名工、大江宣秀による重要文化財の山口県興隆寺の梵鐘と並ぶ逸品と評価されていたそうです。今も天降神社に姿を残していたら、重要文化財への指定は間違いないとか…。

九州歴史資料館の職員さんに学ぶ、薦野の歴史をつなぐ会のみなさん

行方不明になったのは戦後。戦争中に金属供出したわけではないので、これからふとしたところで見つかる可能性もあるかも。今回のような講演会で、その姿を多くの方がイメージできるようになり、どこかで誰かが見つけ出し、そして、いずれは天降神社に戻ってくることを願って開催される講演会です。

会場と時間は、薦野公民館で10:05から。開始時刻が10時ちょうどじゃないのは、9:59に薦野バス停に到着するバスに乗ってきた方に参加していただけたらいいなという思いもお持ちです。薦野に伝わる歴史を、多くの方に知ってもらいたい。そんな主催者さんの思いもあって、よかったらぜひお立ち寄りを。

なお、9月は古賀市役所さんによる「乗っとくキャンペーン」の期間中。西鉄バスに乗って講演会に参加して、乗っとくチケットをゲットして、薦野の歴史を振り返りながらおいしいものを堪能する9月末…ってのはいかがでしょうか。

また、薦野区の企画として、「高齢者外出促進事業」の対象企画にもなっています。60才以上の方は、歴史と出会い、シールを集めて、ステキな思い出と出会いませんか。

【記事を書いた人】
千鳥足 大人の事情で、今のところは顔出せず。 徳島県生まれ・福井県育ち。幼稚園から高校まで古賀にいたあと、茨城とか東京とか長崎とかで過ごしたのちに古賀にUターン。 趣味: 読書。遠藤周作とか吉村昭とか阿川弘之・阿川佐和子とかが好き。 お酒飲むのも大好き。

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