【古賀はこがんとこばい】 「古賀史跡案内ボランティア」主催の古賀史跡探訪で南部地区の史跡を巡る⑥古賀神社

2 古賀神社

 

 

古賀神社境内にある由緒には、

「昔古賀村内には東に氏神浦口神社あり西には氏神皇石神社あり各々崇敬厚く自ら村内は二分されし感じがあった尚字植松には貴布祢神社字後牟田には日吉神社があったが昭和二十七年二月十七日浦口神社に合併合祀して古賀神社と名を改めた。肥前國續風土記附録に依れば、皇石神社は隣村鹿部の氏神なり氏子の中より古賀花鶴に出作するものあり或は移住するもの出てて花鶴の人と共に皇石神社を建立せりと言ひ傳ふ。浦口神社は往古字石ケ崎に鎮座ありしを後字花鶴に遷座あり永禄年間兵火に逢ひ其後慶長八年此の地に遷座し奉る。(以下略)」

とあります。

 

境内、本殿に向かって左手には花鶴皇石神社の御神体である大石も祀られています。この大石の裏側には「旧皇石神社御神体 傳豊後国宇佐宮石体権現 勧請」の銘板があります。

ハート型として話題になった手水鉢。説明には、旧皇石神社から移設されたもので、「天明の大飢饉」が終わった翌年の天明9年(1789)に作られたとあります。

施設情報

施設名古賀神社
所在地古賀市駅東2丁目2−1
TEL092-942-3085
利用可能時間
閉館日
Webサイト
駐車場
地図
【記事を書いた人】
千鳥ヶ池のめだか 街歩きと歴史探訪の記事が得意。古賀の歴史を様々な視点から伝えています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください