ふるさと「古賀」の移り変わりを探してみるvol.2 ~昔の地形図からみつける、古賀の成り立ち~

以前の記事で、国土交通省の国土情報ウェブマッピングシステムを使って古賀を見ると面白いよと書いたのですが、気がついたら古賀すたいる編集部に何の断りもなく(あたりまえですが)、時代の流れとともに国土交通省さんでシステムのバージョンアップがなされて「地図・空中写真閲覧サービス」に移行がなされていました。

新しい国土交通省さんのサービスも楽しいのですが、今日は埼玉大学教育学部の人文地理学の研究室で取り組まれている時系列地図閲覧サイト「今昔マップ on the web」で古賀を眺めてみましたというお話を書いてみます。

google maps と関連付けてあるので、古い地形図をぐりぐりと動かしていくことができますし、さらに画面の右側には現在のgoogle mapsが埋め込まれています。左側をぐりぐり動かすと、右側も連動して現在の姿を表示してくれるので、新旧の移り変わりをとても楽しく見ることができます。

たとえば、1920年代の古賀。

今昔1

当然のことながら、現在の国道3号線はありません。
九州自動車道もありません。
古賀竟成館高等学校もありません。
古賀中学校もありません。

今昔3

ていうか、この時代はまず「席内村」「青柳村」「小野村」です。

なので、古賀町役場・古賀市役所が登場するのはもうちょっとあとで、現在の市役所の界隈には、村役場も町役場も市役所もありませんね。

この時代の席内村役場は、どうやら古賀東小学校のそばにあったようです。正確に言うと「席内尋常小学校」または「席内高等尋常小学校」といっていた時代でしょうか。

今昔2

ちなみに、現在の古賀東小学校のある位置ではなく、今はテニスコートになっているあたりですね。現在の古賀東小学校は、昭和41年に現在の場所に新築移転していますので、その前の場所という意味です。(なので、たとえば過去のこの記事で古賀東小学校跡地という表現は間違ってないとおもわれます。

街の地図を、写真を眺めると、いろいろ古賀の成り立ちが見えてきますねー。
みなさんも時間があるとき、地図をぐりぐりまわして楽しんでみてください。

【記事を書いた人】
千鳥足 大人の事情で、顔出しNGでしたが、最近解禁しました。 徳島県生まれ・福井県育ち。幼稚園から高校まで古賀にいたあと、茨城とか東京とか長崎とかで過ごしたのちに古賀にUターン。 趣味: 読書。遠藤周作とか吉村昭とか阿川弘之・阿川佐和子とかが好き。 お酒飲むのも大好き。

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