【古賀はこがんとこばい】筵内の「湯釜池」と「湯ノ浦池」は昔の温泉跡?【読者寄稿】

千鳥が池のめだかさんから、ご寄稿いただきました!


古賀市内案内マップ

古賀の温泉といえば「薬王寺温泉」ですが、その昔、筵内にも温泉があったようです。
誰かに聞いたか?何かの本で読んだか?と調べていたら出て来ました。

貝原篤信(益軒)の「筑前国続風土記」(元禄元年(1688)編纂に着手、宝永6年(1709)完成)の「巻之十九糟屋郡裏 席内」の項に、「席内の東、團原の西の大道の北側にむかし温泉ありと云。今はなし。其跡今にあり。湯がまとて二所に殘れり。其下の田を湯のうらと云。凡國中に所々に温泉ありし所と云傳へ、今絶たる所多し。(以下省略)」とあるのがそれです。

昭和60年発行「古賀町誌」によると、「湯釜池」は慶応3年(1867)の築造、「湯ノ浦池」は大正5年(1916)の築造とありますが、この「湯釜池」と「湯ノ浦池」が「筑前国続風土記」にある「湯がま」と「湯のうら」なのでしょうか?
ということで、筵内の県道町川原赤間線の界隈へ出掛けてみました。
温泉の痕跡はというと・・・?

鷺白橋から福間の方向へ坂道を上って行くと、左手に溜池と清掃工場(エコロの森)が見えてきます。

〔写真〕

池の側に立っている告示板を見ると、この地域は「筵内浦田」、ここの池が「湯釜池」のようです。
「湯釜池」から見た鷺白橋方面。中央の道路は県道町川原赤間線。その左側に見えるのが旧唐津街道。「湯ノ浦池」は右奥に降りていった所。
旧唐津街道の名残り。左端に道標が立てられています。

竹藪の中の小径を入って行った右側に池が見えてきます。ここが「湯ノ浦池」のようです。

こちらの記事もどうぞ

 

【記事を書いた人】
初代編集長 戸田 ハイパーローカルメディア古賀すたいるの編集長をやってます。 古賀に特化した、古賀の人の役立つ情報を発信しながら、 市外の方にも、古賀の魅力を伝えて、しってもらいたいと思ってます。 読書会、手帳カフェ、まわしよみ新聞を定期的に開催してリアルとも つながる、場づくりを実験中。大阪出身、古賀歴4年目。 小学校4年生のムスメと、年中さんのムスコがいます。 【趣味】読書。有川浩から紫式部まで。ライフハック系までなんでも読みます。 【好きな言葉】出会いは偶然、恋は必然。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください