【古賀はこがんとこばい】「古賀史跡案内ボランティア」主催の古賀史跡探訪で筵内地区の史跡を巡る①

千鳥が池のめだかさんから、ご寄稿いただきました!


3月8日(日)開催予定の筵内「なの花祭り」も中止になってしまいました。

令和元年11月16日(土)に参加したコース(弘法大師像→久保池→線刻石→医王寺→熊野神社→雲寺→須賀神社)を再度訪れようと楽しみしていたのですが・・・。

ということで、昨年の史跡探訪の際の資料などをもとに思い出してみました。

1 弘法大師像

筵内公園付近(2017年11月撮影)

筵内公園内に弘法大師像が建てられていますが、この筵内地区内を流れる大根川には弘法大師にまつわる伝説が残されています。

ここが大根川伝説の事件現場ではありません。ずっと下流の太郎丸橋の上から見た大根川の風景(2017年11月撮影)

その伝説は、大根を洗う冬の季節になると川の水がなくなるという話で、「古賀町誌」(昭和60年発行)や「郷土古賀の民話」(昭和60年発行)に詳しく記されています。

鷺白橋の少し下流にある「鷺白」バス停、当時の橋はどこに架かっていたのでしょうか。(2018年9月撮影)

事件現場はというと、現在の鷺白橋から少し下流に架かっていた橋だったとか。

この大根川の筵内地区一帯は、土質が砂嘴(さし、砂や砂利)が多いため、水量が少なくなる冬の時期は、水は川底の下を流れる。これが、弘法大師の全国行脚の伝説と結び付き「大根川伝説」として語り継がれてきたともいわれています。

これに似たような弘法大師伝説は、全国各地に残っているようで、福岡県内でも甘木市寺内ダムから流れ出る佐田川や、山門郡山川町矢部川支流も通称「大根川」と呼ばれ、いずれも筵内の弘法大師伝説と同様の伝説が語り継がれるとのこと。

大根川の流れについては、江戸時代に記された「筑前国續風土記」には、

「十月より水漸少なくなり、極月(12月)に至りて極て少し。正月二月のころより漸水まさり、三・四月に至りて多くなる。(中略)水の少なき間は、地中を水流通するにや。十月の比は洪水出ても、水すくなくかつ早くへりやすし」

とあります。

古賀市案内マップ

(つづく)

 

【記事を書いた人】
初代編集長 戸田 ハイパーローカルメディア古賀すたいるの編集長をやってます。 古賀に特化した、古賀の人の役立つ情報を発信しながら、 市外の方にも、古賀の魅力を伝えて、しってもらいたいと思ってます。 読書会、手帳カフェ、まわしよみ新聞を定期的に開催してリアルとも つながる、場づくりを実験中。現在は大阪在住。 【趣味】読書。有川浩から紫式部まで。ライフハック系までなんでも読みます。 【好きな言葉】出会いは偶然、恋は必然。

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