【古賀はこがんとこばい】「古賀史跡案内ボランティア」主催の古賀史跡探訪で筵内地区の史跡を巡る③【読者寄稿】

千鳥が池のめだかさんから、ご寄稿いただきました!


古賀市案内マップ

 

3 線刻石

田圃の中に浮島のように見えます。(2020年2月撮影)

筵内にある福岡県馬術競技場近くの田圃の中。
小字名は「貴布祢」。かつては水の神様である龍神を祀る貴布祢神社があった場所で、後方の繁みまでが神域だったとか。

 

線刻石は、表面に刃物でいくつもの傷を入れたように見える、用途が分からない石。
貴布祢神社の祭祀で、吉凶などを占う際に使用したとも考えられています。

入口には筵内神社会「貴布祢神社祭祀跡」説明板が立っています。(2020年2月撮影)
線刻石があるのは裏側(2020年2月撮影)
線刻石(2020年2月撮影)

明治の頃に書かれたと思われる筵内神社会「貴布祢神社祭祀跡」説明板には、
「一、太陽を中心に生活していた時代の暦か方位を表す地図と思える。一、日本では沖縄と島根に同じような石があります。一、古代文化を知る為非常に珍しい石で、大切に致しませう」とあります。
この地域は近くに川がなく、当時の村人は水不足に悩まされ、大きな石に刃物で線を刻んで、雨乞い神事などの祭祀が行われていたのでは?ともいわれます

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【記事を書いた人】
初代編集長 戸田 ハイパーローカルメディア古賀すたいるの編集長をやってます。 古賀に特化した、古賀の人の役立つ情報を発信しながら、 市外の方にも、古賀の魅力を伝えて、しってもらいたいと思ってます。 読書会、手帳カフェ、まわしよみ新聞を定期的に開催してリアルとも つながる、場づくりを実験中。大阪出身、古賀歴4年目。 小学校4年生のムスメと、年中さんのムスコがいます。 【趣味】読書。有川浩から紫式部まで。ライフハック系までなんでも読みます。 【好きな言葉】出会いは偶然、恋は必然。

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